2017年05月03日

キャピタリズムは略奪マシーン

経済活動は、利益を生むために外部や環境に負荷を与える。
住宅開発者は、海の見える家の前にもっと高い家を建てる。
2〜30人が泊まれる建物に2〜3台の駐車スペースしかつけない。
細い道に沢山の住宅を建て、道路が混雑し以前より通勤時間が何倍もかかるようになる。

製品を海外生産する場合、国内の工場は閉鎖され、社員は解雇される。
解雇され次の職も見つけられなければ、その人たちは家を失い、車を失う。
市や国は税収が減り、その地域は土地の価格が下がり、医療保障が立ち行かなくなる。

経済は、大勢の人の犠牲によりごく少数の人の利益を上げる仕組みである。

次に大気汚染、土壌汚染、水質汚染、海洋汚染を考えてみよう。経済活動の結果としての。
福島からの放射能汚染を考えてみよう。
ウランから安価に電力を取り出すという経済活動の結果として積み上がった放射能は、安全に保管するために何百万年も環境に漏れ出さないように管理しなければならない。
この費用は一体誰が持つというのか?
責任のある企業は何の責任も取らず罪を免れる。
全世界は無責任な経済活動の結果、死に絶える可能性すらある。
もし、経済活動が外部被害を弁償しなければならないとしたらどのくらいの企業が生き残れるだろうか?
もし、自然が回復不能の被害を被れば、生物は死に絶える。
我々は、恐ろしく知能が低い。我々はこれを「自由、民主主義」と呼ぶ。



posted by dark at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済崩壊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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