2017年05月31日

ケネディー100歳記念

今年5月29日は生きていればケネディーの100歳の誕生日。
1963年11月22日に暗殺されたケネディーはもうすぐ大統領としての3年目を迎えるところだった。
ケネディーが大統領となるとすぐCIAと軍産複合体は人類にとって危険な存在であることに気付いた。
彼はソ連との関係を緩和するよう努め、キューバへの侵攻とソ連への先制核攻撃作戦のノースウッド作戦を却下した。
また、ベトナム戦争終結を画策した。
軍産複合体は彼を脅威として確信した。
オズワルド犯人説は何の真実性も持たず、全ての証拠と矛盾する。
引き継いだジョンソン大統領は、隠蔽のため、最高裁判長ウォレンに頼んで悪名高いウォレン報告書を作成した。
CIAはウォレン報告書に疑いの目を向ける人々の信ぴょう性を下げるため、「陰謀論」という言葉を発明し政界に浸透させた。
ケネディーはイスラエルの核兵器獲得に対しても反対していた。
「今日、この惑星上に住む者たちはこの惑星が生存不可能になる日を考えるべきである。
大量殺戮核兵器はそれが我々を滅ぼす前に廃絶すべきである」
戦争タカ派の人たちはこれを、地球終末的核戦争よりも危険と考えた。
もしも、ケネディーが生きていれば、ソ連のクルシチョフと協力し、冷戦は終息し、軍産複合体は解体され、イスラエルの核兵器獲得は拒否され、CIAもまた無数の小さな団体に解体されたことだろう。


posted by dark at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ケネディー暗殺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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